C62 23で溢れ出すアドレナリン!

 Pinecone Productsの松川さんがC62を仕上げてくれました。23号機はC62にとってだけでなく日本の蒸気機関車にとって最後の特急、昭和42年9月30日の6レ「ゆうづる」を牽いた機関車です。
 山陽本線の電化そして東北本線「はくつる」牽引機がDD51に変わったことで消えた蒸機特急は昭和40年10月に常磐線の「ゆうづる」で復活。昭和42年10月の電化までという期限の切られた2年間に平区のC62が投入されたわけですが、その詳細は交友社のSL No.9に記されています。

 平-仙台151.3km。アップダウンが伴うルートを現車13両換算41両の「ゆうづる」はノンストップ2時間15分で走破しました。その5年前の「はつかり」でさえ2時間20分。誕生から20年近くが経つC62で平均70km/hに迫る運転を不安視する声が多かったというのには頷けます。
 停車駅が多いとはいえ震災前の651系で1時間59分。50年以上前の蒸機による2時間15分がいかに過酷であったことか。

 私より一世代上の方は早朝ギリギリの撮影可能時間帯を狙って平詣でを繰り返されたそうで、松本さんの名文を読み返すたびにワクワクしますが、私の時代にはC62特急はもとよりC62急行さえ消滅してしまっていただけに、常磐線で繰り広げられたハドソンの競演は神話の世界です。

 そのC62特急を目の前で再現できるのが模型の良いところですが、私は松川さんに仕業番号「1」を入れてもらいました。平機関区SL甲組仕業番号1は平-5レ-仙台−6レ−平。庫から出てから帰ってくるまでわずか5時間22分。その間、特急だけを牽引する栄光の仕業でした。そしてこの仕業に専ら充てられていたのが平の最好調機、C6223。煙突が少し短いC62 23と20系を前に今日は至福のひとときであります。さぁ、20系塗らなくちゃ!