私と鉄道模型の60 年 (1) — 松本謙一 La Belle の木製車輌キット

■La Belleの木製車輛キット —- 松本謙一(日本鉄道模型リサーチ-A.B.C.)


当今はとかく「情報流行り」の世の中のようにいわれます。情報、情報、情報、データ、データ、データ‥いかにして「手早く」「簡単に」「正確なもの」が手に入るか?それが皆さんの興味の的であり、さらには、目的であり、「簡単」と「正確」への欲求さえ満たされれば、それで人の幸福や満足は達成されるかのように、西洋文明社会のマスメディアもコマーシャリズムも、大衆を誘導しているとさえ感じられます。



しかし、人がある物を好ましく感じるのは、果たして情報、あるいはデータからでしょうか?



たとえば、おいしいリンゴが食べたくなったとします。あなたがおいしそうなリンゴを識別するのは、栄養学的な分析や解説からでしょうか?あるいは、「今年の○○産リンゴは出来が良い」という情報からでしょうか?品質の良い悪いは、顕微鏡写真で組織が正確に並んでいるのを確認して判断するのでしょうか、あるいはそのリンゴの実をつけた樹の遺伝子情報からでしょうか?



まあ、中には、そういうアプローチをしないと、世の中すべてに信用が置けない、という人もいらっしゃるのでしょうが、10000人中9999人は、あの、つやつやした、張りと光沢のある、赤や黄色、薄緑色の姿を目にした瞬間、瑞々しい果肉の香りや歯ざわりを連想して選ぶのではありませんか?



つまり、人間の五感というものは、あとづけのデータや情報に頼らなくとも、本来は「良いものが判る」直感を持っているのです。いや、「いたはずです。」というほうが正確なのでしょうか? このところの産地偽装やら賞味期限やらの騒動を見ていますと、どうも、自分の五感、直感よりも「表示」という情報に頼って、ものを選ぶ人が多くなったから、そこを盲点と捉えた悪質商法があとを絶たないいっぽうで、消費者の神経過敏から、コストとエネルギー、資源が空恐ろしいほど無駄にされるのも疑問に感じない世の中を招来したのではないでしょうか。
鉄道模型の世界にもこれと似た傾向が見られるようになった、と私は感じています。つまり、鉄道模型の価値が完成品主体で考えられるようになったことから、鉄道模型が五感でなく、情報やデータのみで評価されるようになったように思えるのです。



私は自分の中では永年、模型と玩具の境を、「動力車のモーターが他社製に交換できるかどうか、つまり性能がアマチュアの手で変えられるかどうか」にある、と定義してきましたが、そういう視点からしますと、この変化は、鉄道模型が空前のNゲージブームによって多分に玩具化したことと表裏一体と、思うのですが、「実物についている部品がどこまで忠実に再現されているか」を競うのが、鉄道模型の唯一の評価基準になってしまったのではないでしょうか?



そこには立体化した設計図(データー)としての無味乾燥な物体があるだけで、生活空間の友にしたいような工芸性というものが模型の中から見失われてしまったかのように思えます。あえて過激な言い方をすれば、「細密化はしたが五感に訴えてくるような味わいは無くなった」のが当今の鉄道模型一般のように感じるのです。(もっとも、実物の車輛が図面どおりにできている、と信じている人がいるなら、それも大いなる錯覚なのですが)



鉄道車輛模型を買い集めるだけの人にも、模型を味わうすべを知らない人、いや知ろうともしない人が増えました。そういうタイプの模型コレクターには、究極、レアものか、そうでないか、の価値基準しかなくなるわけですが、そういう点では、まさに需要側と供給側の息がぴったり合ってしまった観があります。しかし、それでは遠からずどちらにも閉塞感は来るでしょう。いや、事実そういう徴候が市場に現れてきているようです。



いまや圧倒的に多くの鉄道車輌模型が中国を中心産地としてプラスティックで製造されるようになって、たしかに、その表現力は素晴らしいものではありますが、どうしても実物らしさを再現できないものがあります。それは「触感」すなわち「手触り」です。近年の新製品ラッシュの忘れ物はまさにこれではないでしょうか。
鋼製車輌のひんやりした感触ももちろん素敵ですが、かつては客車、貨車、電車に洋の東西を問わず普遍的に見られた木造車も素晴らしい感触でした。そして一部の電気機関車や、蒸気機関車のキャブさえ木で造られていました。日本ではとうの昔に営業線から実車が姿を消してしまった木造車ですが、明治村など、依然乗り心地を体験できるものもありますし、静止した展示車輛では、いくつかの博物館や記念館に、まさに工芸品と呼びたくなるようなものを見ることができます。



ヨーロッパや北米では、さらに多くの木造車輛が保存鉄道で営業に使われており、中には車齢100年を越えるものもあって、そういう車に乗るのは、それだけでまさに至福のひとときです。なにしろ木造車の乗り心地というのは、車体それ自体がある種の防振機能を果たしているので、実に当たりが柔らかいのです。窓柱に身を預けているとき、何ともいえぬやすらぎが心に広がります。もちろん、鉄道博物館には、その規模の大小を問わず、必ずといってよいほど、往時の姿に完全レストアされた木造車輛の姿があります。



米国の博物館や保存鉄道を訪ねて、もう一つ楽しみなのはバック・ヤードです。乾燥した米国の気候では木材はなかば化石のようになってしまうらしく、これが非常に羨ましいのですが、木造の車体が風雨に晒されたままでも、50年はおろか、70年、80年以上も朽ち果てることなく原型を保ちつづけることができるので、信じられないような貴重な実車たちがレストアされる日を待ちながら眠っているのです。



私のように米国型に親しんでいますと、以前は発売される古典車輛の模型に、「よく、こんな古い車輌を模型化できるだけの資料が残っていたな」と感心したものですが、この12年ほど,米国を何回か訪問してみて、その謎が解けました。資料どころか、大概のものは実車そのものが、どこかに残っているのです。博物館や保存鉄道ばかりではありません。80年も前に廃線になった鉄道の、山中の線路跡に木造客車の車体が放置されていたり、民家や農場の倉庫になっていたりするのにも出くわすのです。こういう木造車体に思いがけず出会ったときというのは、古い神社の境内に神がうずくまっているのを感じるのにも似て、ある種の神々しさに打たれるものです。古木には神が宿るといいますから、やはり、それに共通するものがあるのでしょう。
ことほど左様に、木造車には独特の魅力があります。私が鉄道模型で、特に米国型HOに惹かれ続けた理由には、機関車の魅力もさることながら、こうした木造車輛のプロトタイプ、そしてそれを反映した製品の豊富さにも魅力としての大きな要素がありました。美しいアーチ窓の優雅な客車や電車、変わった姿の貨車などの、まるでディズニー漫画の世界から抜け出してきたような姿が理屈ぬきで目を楽しませてくれるからです。



中でも私を魅了し続けている模型様式といえば、素材的には、何といっても実物同様、木材で作る車体です。父も母も、そして祖父母も、木の風合い、木目の美しさを愛でる日常を送っており、そういう生活環境に育った影響も多分にありますが、加えて、加工に大掛かりな道具が要らない、接着剤で丈夫に組める、といったところで、貨車などは中学生の頃から米国の鉄道模型誌に出ている図面を頼りにバルサ材などで数台自作しておりました。なにしろ実物どおりの素材で作るのですから、中学生の工作力で、大雑把なディテールであっても、容易に実感に迫れるのは大変な魅力でした。



そういう私を狂喜させたのは、20歳を少し過ぎたころでしょうか、天賞堂が輸入を始めた米国La Belle ラ・ベール社の木製客貨車キットでした。幼い頃からの憧れであったオープン・デッキやアーチ窓の客車、古典スタイルの小型蒸機にぴったりの古めかしい貨車、さらには機関車のみ手に入れたもののあとに続く列車編成をどうしようかと思っていたHOn3の客貨車群などが、海外旅行も難しかった時代の東京で居乍らにして手に入るようになったのですからたまりません。同時に輸入されるようになったCampbellキャンベル社などのストラクチャー・キットとともに、たちまち木製キットの虜になり、結婚をはさんで数年間、それこそ毎週一つは組み上げる勢いで工作に熱中しました。



このとき、初めて米国でこうした木材工作の基本素材となっているバスウッドに出会ったのですが、これがまた、日本で手に入るバルサに比べて、薄くても丈夫、ヒノキに比べて削りやすい、割れにくい、着色が楽、と、好いこと尽くめで、木材工作への安心感を一挙に高めてくれたのです。バスウッドの和名はシナノキですが、もっとよく知られた名前でいうなら菩提樹、英語ではリンデンウッド、ドイツ語ではリンデンバームです。このシナノキを薄く剥いで貼り合わせたのが高級合板のシナベニヤです。これもささくれないことからレイアウトの天板、道床にもってこいの素材です。



ラ・ベールの客貨車のキットは、このバスウッドの薄板をプレス技術とミーリング加工で正確に仕上げた床板、屋根板、側板、妻板、腰板、窓柱など接着剤で貼り合わせていくものですが、図面や解説図が優れているので、それをよく確認しながら作業を進めれば英語の説明書きは読めなくても、しっかり、きれいに組みあがります。一旦組みあがってしまうと、その丈夫なことは驚くべきもので、私の鉄道には客貨車合わせて、すでに20輛近いラ・ベール車輛がいますが、いずれも車齢30年を越えて、いままで、ひずんだりゆがんだり、剥がれたり反ったりしたものが一つもありません。



組み立てに当たっては、最初に毛羽立ちや木工ボンドによる伸びや反りを防ぐのに、ごく薄めたクリアー・ラッカーかシール・プライマー(最近は東急ハンズなどで便利なスプレー・タイプが売っています)を塗っておくのがベターですが、そのまま組み始めても、各工程できっちり重石や洗濯バサミでの押さえをおこなえば、まず大丈夫です。万一の削り過ぎや誤切断の修復にも、バスウッドはパテが良く効きます。



ちょっと気を使うのは二重屋根の先端を仕上げるときで、弓形の縁取りを削りださなければなりませんが、これには明かり窓の柱と同じ幅の板材を下弦だけ先に削った上で屋根上下の間に滑り込ませて接着し、十分乾いたところで、それごと屋根端部全体のRを削るようにすると割れることなく細くきれいに仕上がります。



床下器具など金属パーツもソフトメタル製のシンプルなものが入っていますが、細密感を盛り上げるなら、Cal-Scale社のロストワックス製パーツ(特にオープン・デッキの手すりセットはお薦めです)やGrandt Lineグラント・ラインのプラスティック製に置き換えるとよいでしょう。



このキットの更なる魅力は、もちろん製品そのままでも豊富なバラエティーが用意されているのですが、構造に慣れると、切断や切り継ぎで、好みの車長や窓割のものがいろいろ造れる、というところにもあります。たとえば、角窓のオープン・デッキ車の妻とアーチ窓密閉デッキの側板を組み合わせたり、とか、です。そういう互換性の利く基本設計になっているのです。



ラ・ベールの木製車輌の素晴らしく、また不思議なのは、やはり本物の木の風合いのなせる業でしょうか、ディテール的にはシンプルなのに最新のブラス製細密機関車に連結しても、一向に見劣りせず、違和感無くマッチしてしまうことです。窓枠の厚みなど、完成してしまうと全く気にならず、むしろ適度な陰影が木造車の重層感をみごとに表現してくれます。






ラ・ベール木製車輛キットの驚きのもう一つは、その息の長さです。米国では戦後数多くのHOメーカーが現れては消え、その間におびただしい製品が発売され、昨今はさらに中国製の参入によって、毎月覚えきれないほどの新製品がリリースされているわけですが、そういう激流の中にあって、このキットは昔ながらの構成のまま、営々と売られ続けてきたのです。最初の製品発売は今日も売られている66フィートのクローズド・ヴェスティヴュール・コーチ(密閉デッキ座席車)で、Model Railroader誌1960年1月号の新製品評論欄トップに「新メーカーの画期的なキット登場」として紹介されていますから、以来かれこれ50年になろうというロング・セラーなのです。



その間に会社のオーナーは2回替わっていますが、このような素朴な製品を受け継いでいこうとする献身的な経営者が現れること、また、近年のディテール満載製品の波にもかかわらず、こうした、素材の風合いを愛するモデラー層が確実に存在するところが、アメリカ鉄道模型界の懐の深さ、文化性の高さの証拠ではないでしょうか。



私自身、最近のマスプロ製品ラッシュにすっかり食傷して、「久しぶりにしみじみとラ・ベールの客車が組みたいな」と感じていたところへ、FABが輸入を再開してくれました。今は無き汽車会社で重役を務めた高名な鉄道ファン、故高田隆雄氏に昔伺った話ですが、木造車が標準だった時代の日本の鉄道車輌メーカーには「汽車大工」という職名があったそうです。宮大工、城大工、船大工などからの連想で生まれた呼称でしょうが、木造車輌が工芸的に造られていた香りを伝える、いい響きではありませんか。



風合いのよいモデルというのは何年経っても飽きが来ません。あの時、自分もよくぞ作ったな、という感慨も加わって愛着は深まるばかりです。



今回のおしゃべりはこのくらいにして、どれ、私も久方ぶりのラ・ベールで、汽車大工してみることにしましょう。