FAB Time Machine……phase 1 DD50一次/二次

The Time Machine (FAB 備忘録?)
関西方面への行きがけの駄賃に米原で途中下車したクチの私としては、「DD50」と聞くと甘酸っぱい気持ちや懐かしい思いがないまぜになって胸に広がります。雑誌の柳ヶ瀬越えから杉津越えの記事を何度も読み返した末に初めて見たDD50。本線機に相応しい箱形車体。お面は3年後のDF50と比べれれば相当にクラシックで、“オレこそ昭和20年代の未来像”と主張しているようです。
あれから40年近く。燻る気持ちは衰えず、1/87でこの機関車が欲しいものだと思っていました。蒸機とDE(死語?)が3輌、4輌、ときには5輌がかりで押し上げた北陸本線1000トン貨物の伝説。少し古い鉄道が好きなファンなら想像するだけで胸が高鳴ります。

しかしDD50の製品化は期待薄。四国貸渡を除けば北陸本線一筋で過ごし、牽く列車も地味。専用台車が必要な上に一次と二次では前面、屋根上、冷却系と共通性がない…。まともな思考のメーカーなら手を出さないです、はぁ。しかし当店の機関庫には乗工社のD51重装備を改造した敦賀機関区、今庄機関区所属機が所属しており(仕掛りです)、PEMPのぶどう色DF50も2輌。DD50を欠いたままの状態はあり得ない、他メーカーから発売されぬのならば、いっそのこと…という、いけない気持ちと「ぜったい赤字」という冷静な思考が葛藤を繰り返しながらも設計は始まってしまったのでした。

DD50一次形と二次形のコンビ…標準色となった昭和38年以降はDD50には黄昏の時期。それでも私を含む多くのファンは、米原で見かけたこのカラースキームが原体験ではないでしょうか。ただし夏草茂る側線や米原ー田村の連絡用では寂しいので、私のDD50標準色は富山機関区所属機。ラジエーター覆とスノープロウを装着した冬姿です。D51やC57に混じってDF50とともに最後の本線仕業に就いていた時代としました。この写真で連結面が折妻になっているのがお分かりになりますでしょうか。塗装後にPinecone Products/松川詠一さんにウェザリングなど、手を入れていただきました

■車体断面…
模型化図面の作図をすると最初に驚かされるのは車体断面の大きさです。DF50と比べると日本型と欧州型くらいの差がある印象。気持ちばかりのモニター屋根が載るDD50と立派なモニター屋根のDF50の限界が同じである以上、モニター分だけ屋根の高さの差はあって当たり前ですが、実機が高さを感じさせないのは屋根から妻板、側板に回り込む肩の部分のRが大きいからに他なりません。この点には十分に留意です。16番の模型では残念なことに切妻になってしまっていた連結面も実車同様に折妻に。こうすると前頭部だけではなく後頭部もロストで作ることになり、ただでさえ厳しい予算を脅かしますが、もはや理想の模型を目指して後には引けない状態であります。

■近藤ら来たる
写真に残された柳ヶ瀬越えと杉津越えの壮絶なシーンがDD50の華だけに、製品も当初は改装前。つまり昭和33年以前の明かり取り窓がなく、空気取入口が鎧戸の形態を考えていました。ところがFABへやって来た近藤ら先生(http://d.hatena.ne.jp/kondoura/が「え~っ最初のカッコ? 標準色にならないじゃないですか! LP42だし」と、のたまいます。悩ましい…。たしかに自分で見たDD50の標準色には思い入れがあります。でも、柳ヶ瀬越えの姿とは相容れない。あぁ、黒岩さんの写真…。で、結局は近藤らのお願いに負けて、作るときに手を加えればぶどう色でも標準色でも出来るキットになりました。さすがに屋根上は何種類も用意できずに明かり取り窓を追加した杉津越え時代以降の形態です。
もっとも柳ヶ瀬越え時代のDD50はともかく、DF50は製品になっているMANどころか、Sulzerでも車体形状の異なる初期車の6号機ただ1輌しか配置がないため、マジメにやろうとすると、さらにタイヘンなことになってしまうのですが。

海野十三的な味わいの一次形ぶどう色。模型的にはこいつが一番欲しかった。残雪の刀根のスイッチバックを行く黒岩保美さんの写真…一枚の繪から生まれた柳ヶ瀬越えの全盛時代の姿、と言いたいが、杉津越えにもまた魅力ありと独りごちる? 意外に忘れられがちな、冬姿DD50の客車列車に欠かせないマヌ34は製作中(またしても仕掛り…)

■厳しいパッケージング
短い車体で台車の間隔が詰まった機関車はモーター、駆動系、ウェイトの配置に悩みます。実機に搭載されるSulzer/新三菱の8LDA25は1,050馬力/800rpm×2(重連)=2,100馬力と、当時としては強力機。それに相応しいトルク/パワーのモーターと駆動系を成立させるには…。私は生来ずぼらなタチなので専門家に相談です。幸い身近にX-Trackのエンジニアがいました。X-Trackはヒューランドにいたマイク・エンディーンが始めた会社でF1やWRカーのギアボックスを作っています。TTE(現TMG)製のセリカに始まり、SX4WRCまで本業でお付き合いがあったので、冗談半分に話したら、さすが英国人。ガキのときはHornbyで遊んだそうで、ノリノリのディスカッションとなりました。

■レッドブルもびっくり(?)の1軸1モーター
最終的な提案(?)はギアボックスとモーターをセットとし、1軸ごとに縦置き吊り掛けとするパッケージング。コンパクト故にウェイトとサウンド搭載スペースが大きく、モーターから車軸までウォーム+スパー1段だけで効率も良い。私は多段ギアにある種の疑問も感じていたので気に入りました。このデザインを実現するためにギアボックス探します。X-Trackはモノは良いのですが、ケーシングとセットで1,500万円…鉄道模型用にはちょっと高価です。最初は井門さんに相談しようと思いましたが、ギアボックスを縦に使うので、上下分解のImonギアではケーシングを留めるビスが動輪に隠れてしまいます。Imonギア、滑らかでいいんですが…。次善の策は前後分割のFMギア。相談に行くと、元気だった福島さんが例の調子で「ほほっ。面白そうですねぇ」とFMギアを出してくださいました。

富山時代は派手な出で立ちに反して、SGを持たないDD50は客車牽引もなく、黙々と貨物仕業。平坦線なので他の機関車との重連もなく、面白みに欠ける時代でありますが、それでも脳裏にすり込まれた標準色は善きかな…。米原の放置(二休)時代、雨に打たれて流れ出した塗装の垂れがDD50の涙跡に見えたのを昨日のように思い出します。嗚呼…


■小さなモーターを探しました
8個搭載するモーターは小消費電流で検討した結果、ワールド工芸では#2719という品番を持つNで多用されているモーターと同形状です。メーカーに電圧等の仕様変更をお願いしてトルクは9g-cm。重連の8軸で72g-cmとなります。少々過大な数値ですね。一般論としてHOクラスの牽引力の鍵は重量なので、モーターは35g-cmあれば実物どおりの勾配でフル編成を牽くには十分だと思います。HOJCの理論派(?)森井さんはもう少し低いトルクでも良いのでは、という意見でした。

■実際に牽引力を確認してみました
JAM総会併催の牽引力コンテストに於いて、重連(単機はナンですね)での牽引力は210g。通常のHOスケール日本型機関車の2倍程度の数値でした。最後は全軸空転→停止なのでモーターの力は余っています。ウェイトは車体の半分程度しか積んでないので、まだ牽引力は上げられますが……コンテストではデュアルゲージを利用して機関車がカーブに乗った状態で米国型ボックスカー150輌を牽き出しています。これ以上どころか現状の牽引力も不要なのでウェイトを減らしました。過大な牽引力はドライビングがイージー過ぎてつまらないです。スロットル握ってドキドキしながら各軸がバラバラに空転と粘着を繰り返して牽き出していくのが1軸1モーターの醍醐味ですね。

一次形と二次形の製造時期の差はわずか1年半。しかし激動の時代の1年半は外観に如実に現れた。二次形は2年後のDF50を予感させる優等生的なデザイン。スカートのオレンジは…警戒色という言い訳はあるんでしょうが、あまり感心できないセンス。二次形はECAFE時の白いカラースキームも面白いけど、これ以上の増備はちょっと…

■柳ヶ瀬越えぇぇ…
1年ほどかけてDD50は完成し、関東合運にはぶどう色、標準色のそろい踏みを持ち込んだのですが、井門さんも林工房謹製のDD50をお持ちでした。で、6輌のDD50を前にひとくされDD50談義であります。そのとき年代ごとの形態の話になり、井門さんが「そうかぁ、柳ヶ瀬越えにはならないんですねぇ」と一言。グサっ。やはり柳ヶ瀬越え仕様…欲しいですよねぇ(私と井門さんだけ?)。

あろうことか田舎電車モジュールを行く、近藤ら御大が組み立てたDD50一次形。けっこうなお手前です。おねだりした手前、尾灯の円盤を律儀に削ってますねぇ。でも田植えの季節にスノープロウは……? いや、模型って楽しいですねぇ。

企画時から予想していた通り(?)の少量生産となったDD50。購入していただいた方には感謝です。
数少ないキットや、さらに数が少ない完成品を手にされた方には末永く、この機関車の魅力を味わってていただければ嬉しく思います。
そうそうキットを購入された方にアドバイスです。アナログ仕様にする場合、第1動輪ー第3動輪、第2動輪ー第4動輪とパラレルで配線すると具合が良いです。これホンモノと一緒ですね。
※文中の数値や所見はすべてDCC仕様のものです。