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忙中暇有り? ”う〜ん”と悦に入る


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  一昨年から暇を見つけてはズルズルと続く謎の電車プロジェクト(^◇^;) 車体曲げてオデコ載せれば、それなりに見えるから不思議。リベットごつごつが凄まじいです。少ない方のもナカナカですが。思わず自分の世界に30分は入っていられるのが模型人のおかしなところ。
 一部の不安がる声に応えて、証拠写真のお披露目でありました。心配しないでください。ちゃんとやってますよ〜

…どちらが本業?とは聞かないでくださいね(^^ゞ



お手伝いしていたIRT、International Rally of Tsumagoiも無事終了。SS開設から全車通過までの長時間待機を早朝から日没後まで立て続けという、列車撮影どころではない修行のような震える寒さもコレにて心配無用。
12644676_951025948315874_9069747352300607426_n12633096_820542318069101_391242711_oそれにしてもオープンローダーすげぇ…ブルじゃ太刀打ち出来ない雪も掻くこと掻くこと。ロータリーは雪壁が立ちすぎるので不使用也。遅いしネ。ちなみにSSになってる林道の一部は旧・草軽の線路跡という嬉しさ。しかし、このドカ雪が降るところを良くもまぁ2’6″のトロッコみたいな列車が走ったものだと感心。でも運休が多かったんだろうなぁ。いまの技術でも四苦八苦ですので、50年前では…。
そんなこんなで、この後はちょこちょこ製品を出せそうであります。旧製品の再生産は始まっていますが、次は一部の皆さんに店頭でお見せしていた関西のあの電車。お楽しみに〜

GN L-1……う〜ん、羨ましいぃ


002模型仲間であり、FABのお客さんである元綱さんが仕上げたばかりのGN L-1の写真を送ってくれました。ん〜ググッと来ます。L-1って2-6-6-2の元祖だと思いますが、登場が明治30年代終わり(と、米国人は言いませんね)。日本だと日露戦争終わってD12/6400の最急行が走り出した001時代。4500や4510よりちょっと新しいけど、4600/9200よりちょっと新しい複式マレーだけにL-1のクラシックな感じも納得。
かたや4-4-0で、かたや2-6-6-2なので国力含めて比較になんないですが、私は6400もL-1も好きです。

模型は天賞堂の米国型では末期の1978年製のようですが、バックプレートもついて、この時代だと40年後と変わらない充実度であります。1901だと最初のロット。初期に使われたカスケードかなぁ(最初のトンネルが電化されるまでのちょびっとの間だけですが)。いろいろ想像すると楽しいけど、L-1は大正時代にはミカドに改造されちゃったので、後日談は少なそう。

元綱さんはしょぼいトルクのオリジナルの缶モーターに嫌気をさして、Models Imonの1616に換装したそうで、ジョイントまわりもいじってます。ただ、ギアボックスにも難があるそうで、希望のレベルにはまだ至っていないとか。私が持ってる鬼っ子のウェイアーハウザーの2-8-8-2のようであります。003

とはいえ元は良くも悪くも天賞堂独特の塗装で欲しい気にならないL-1をここまで魅力的に仕上げるのはさすが〜。思わず欲しくなってしまいますが、GNの蒸機ってベルペアだから、プライベートロードネームつけた鉄道には導入しにくいんですよねぇ。どんなレタリングつけてもGNの蒸機にしか見えないのが…(^^;)

フライング東上号続報


IMG_3288ついに乗りました、フライング東上号(カラーの50090系)。遠くから見るより近くの方が違和感ないが、黄色ラインの継ぎ目が見えたり、もうちょっとカッティングシートの施工に気を遣って欲しいモノであります。

70歳以上の人以外は見たことない色なので、やって来たこの電車見て、思わず行き先聞いたりするお客さんがいるのはご愛敬。ヘッドサインまでカッティングシートで前面にペッタリしているので、横から見るとヘッドサインだかナンだか分からないのもご愛敬?

IMG_3287そのヘッドサイン、フライング東上号オリジナルデザインではなく、東上線90周年記念のマークでした。でも東上線最初の下板橋-川越開通は東上鉄道の1914年で、全通は東武になってからの1920年。いまの時期に90周年とは??

で、乗ってみると普通の50090系…ではなく、中がヨイです。車内広告の代わりにデハ10系(デハ10は5440になったのでデハ11とかデハ12ですな)のフライング東上号に始まり、蒸気機関車時代から8000系になった最後のフライング東上号、モハユやモハニを併結の編成など、昔を知るモノには涙もの。
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ワタシが一番ヨカッタのは、池袋駅5番線(いまの1番線)に停まってる3500+3600×2にデッカー系のモハユを連結した5連。なんとも懐かしいし、模型心をそそられる編成でもあります。あ〜東武、作りたくなっちゃいましたぁ。

フライング東上号…う〜ん(^◇^;)


 11月末から運転が始まってる(はずの)IMG_3261フライング東上号復活カラー。下板橋の電留線にもその姿が…。昭和42年まで走っていたということですが、私が乗ったフライング東上号はオレンジ/ベージュの7800…。8000もあったみたいですが、記憶にあるのは特急ちちぶの時代ですね。なので、この紺/柑カラーは全く馴染みなし。なんか見慣れない電車に感じます。

デハ11/12のフライング東上号の写真はネットなどでも見慣れたものだけど、50090系にこれはちょっと…。ちなみに8000系のフライング東上号カラーもあるようだけど、保安装置の関係でもはや池袋までやって来れない8000系。IMG_3235
こいつを眺めに小川町以遠か越生線にまで行く気力はなし。なんでもイベント列車でオレンジ/ベージュ、セイジクリーム、フライング東上カラーを混ぜこぜにした編成でも走るとか。う〜ん。

この調子でやるなら7860の試験色でオレンジに黄帯とか、グリーンに白帯とかなんでもありのような気がするけど、さてさて次は何が出てくるのか。でも復活カラーで感心したのは8000系の(それも前面が改造されてない編成の)オレンジ/ベージュだけだと思うのは私だけじゃないですよねぇ。

42年振りの抜海駅


IMG_2878少し前ですが、仕事の合間に最北端を目指してみました。いまは鉛色の空に雪混じりの天気になってしまっていそうですが、訪問時は最後の良い時期。肌寒くなり始めたばかりで心地良い気候。でも北海道はそこから雪までがあっという間です。それにしても道路標識の距離の豪快なこと。たしかに間に大きな街はほとんどないんですが…。
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現在の日本最北端、宗谷岬に近づくと天候もにわかに悪化。稚内は曇り空に。駅は昔の面影もないコンクリートとガラスの建物になり。防波堤ドームもキレイですね。昔の最果て感はかなり薄れIMG_2888て普通の地方都市の風情。C55は無くなっちゃってまして、錆びた動輪だけが寂しく置いてあります。
IMG_2904抜海の駅は40年経っても変わってなかったけど、無人化され、継ぎ接ぎの修復後がご愛敬。CTC化されてるのも時代の流れですが、南稚内の次の駅なのに、まだ列車交換があるんですねぇ。
今回、初めて気がついたけど、抜海の部落は日本海沿い。サロベツ原野にある抜海駅からは8キロくらい? それにしても以全は抜海駅から南稚内まで歩いたんですが、いま車で走ってもその遠さには驚くばかり。免許持ってないと、歩く距離も気にしなかった?

もうひとつ驚いたのは、日本海沿いに整備されたオロロンライIMG_2908ンという快走道路を走れば稚内から増毛まで2時間半。そこから札幌までは高速道路で1時間ちょい。稚内って遠い場所だと思っていたら、実は近かった? 鉄道基準で考えると、世の中の流れから取り残されそうだと感じた最北端でありました。