店主敬白」カテゴリーアーカイブ

“或る台車”?

DSCF0884昨年、モデルワークスで車体を発売して以来、音沙汰ナシでご心配をおかけした”或る列車”ですが、テユはともかく、それ以外に使える台車はここまで進みました。
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コスト面でいろいろ悩ましいところはあるのですが、寄せ集めの部品を私のハンドメイクで(コストカットのために必要です)でっち上げた割りには立体感出てると思います(^^ゞ

軸受けはレサ/レムフにも使用して転がりでは定評のあるデルリン製。またブレーキシューは燐青銅の内張と一体のエッチングとする予定です。3軸台車の場合、いつも問題になるのが中DSCF0892央の車輪の受け方とボルスター位置ですが、こちらもいろいろと熟考中。

まだまだ時間はかかりますが、完成の目処が立ったら”或る列車”お買い上げの方にはご連絡致します。”或る列車”は買わなかったけど台車だけ欲しい」と方はメールいただければ余分に作るようにしますね。

平妻の省型電車—-完売になりました


42_1西野さんが半流電車を発売して、”やっぱり平妻も買っておけば良かった!”という方から「もう1回作ってくれぇ」と頼み込まれて再生産しましたが、予想以上に同じ状況(?)の方がいらっしゃったのか、1週間経たずに完売となりました。

もっと作っておけば良かったじゃないか!と怒られそうですが、今回発売車種は一部パーツが再生産できない問題があり、今回の台数が限界。購入された方はぜひ大事にされてください(^^)v
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今後の省型ですが、再生産できるものを確認して、何種類か再発売したいと考えていますが…再生産できる車種には限りがあるため、妄想されている方にお応えするのは難しいと思います。あまり大きな期待を抱かずにお待ちいただければと思います。ありがとうございました。




GN L-1……う〜ん、羨ましいぃ


002模型仲間であり、FABのお客さんである元綱さんが仕上げたばかりのGN L-1の写真を送ってくれました。ん〜ググッと来ます。L-1って2-6-6-2の元祖だと思いますが、登場が明治30年代終わり(と、米国人は言いませんね)。日本だと日露戦争終わってD12/6400の最急行が走り出した001時代。4500や4510よりちょっと新しいけど、4600/9200よりちょっと新しい複式マレーだけにL-1のクラシックな感じも納得。
かたや4-4-0で、かたや2-6-6-2なので国力含めて比較になんないですが、私は6400もL-1も好きです。

模型は天賞堂の米国型では末期の1978年製のようですが、バックプレートもついて、この時代だと40年後と変わらない充実度であります。1901だと最初のロット。初期に使われたカスケードかなぁ(最初のトンネルが電化されるまでのちょびっとの間だけですが)。いろいろ想像すると楽しいけど、L-1は大正時代にはミカドに改造されちゃったので、後日談は少なそう。

元綱さんはしょぼいトルクのオリジナルの缶モーターに嫌気をさして、Models Imonの1616に換装したそうで、ジョイントまわりもいじってます。ただ、ギアボックスにも難があるそうで、希望のレベルにはまだ至っていないとか。私が持ってる鬼っ子のウェイアーハウザーの2-8-8-2のようであります。003

とはいえ元は良くも悪くも天賞堂独特の塗装で欲しい気にならないL-1をここまで魅力的に仕上げるのはさすが〜。思わず欲しくなってしまいますが、GNの蒸機ってベルペアだから、プライベートロードネームつけた鉄道には導入しにくいんですよねぇ。どんなレタリングつけてもGNの蒸機にしか見えないのが…(^^;)

42年振りの抜海駅


IMG_2878少し前ですが、仕事の合間に最北端を目指してみました。いまは鉛色の空に雪混じりの天気になってしまっていそうですが、訪問時は最後の良い時期。肌寒くなり始めたばかりで心地良い気候。でも北海道はそこから雪までがあっという間です。それにしても道路標識の距離の豪快なこと。たしかに間に大きな街はほとんどないんですが…。
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現在の日本最北端、宗谷岬に近づくと天候もにわかに悪化。稚内は曇り空に。駅は昔の面影もないコンクリートとガラスの建物になり。防波堤ドームもキレイですね。昔の最果て感はかなり薄れIMG_2888て普通の地方都市の風情。C55は無くなっちゃってまして、錆びた動輪だけが寂しく置いてあります。
IMG_2904抜海の駅は40年経っても変わってなかったけど、無人化され、継ぎ接ぎの修復後がご愛敬。CTC化されてるのも時代の流れですが、南稚内の次の駅なのに、まだ列車交換があるんですねぇ。
今回、初めて気がついたけど、抜海の部落は日本海沿い。サロベツ原野にある抜海駅からは8キロくらい? それにしても以全は抜海駅から南稚内まで歩いたんですが、いま車で走ってもその遠さには驚くばかり。免許持ってないと、歩く距離も気にしなかった?

もうひとつ驚いたのは、日本海沿いに整備されたオロロンライIMG_2908ンという快走道路を走れば稚内から増毛まで2時間半。そこから札幌までは高速道路で1時間ちょい。稚内って遠い場所だと思っていたら、実は近かった? 鉄道基準で考えると、世の中の流れから取り残されそうだと感じた最北端でありました。

加悦の残影…


IMG_2195現役時代は1回だけ行ったことのある加悦鉄道ですが、SL広場出来てから3回も…。桜の時期は初めてだったけど、なかなかであります。
1_1IMG_2188 なんとも趣があり、いくらでも時間が潰せそうな加悦ですが、開設時と違ってお疲れの車輌も…キハ08は痛んじゃってますなぁ。前回の訪問後に製品化したのが昨日のようです。密閉式のタイフォンが北海道出身の証? 加悦時代の便所は荷物室になっていますが、再生のために求! 便所・洗面所資料とのこIMG_2194と。

 キハ10もそそりますが、IMG_2193これはWester Wieseでの製品化に期待であります。もちろん創立以来の蒸機やDLも健在であきません。
 もうひとつ気になるのは加悦から福山に抜ける道路脇にある阪急2800。なにかに利用されてるみたいですが、これまたちょっと風化してきているようで、拝みに行くならいまのうちかも知れませぬ。

阪神間華やかなり〜


IMG_2101春日野道で降りる所用があり、行きがけの駄賃に電車ウォッチングをしてみると…西尾さんの鉄道黄金時代を眺めるようであります。三宮方面の阪急がやって来る横で快速線をEF210牽引の貨物が大阪方面へ。IMG_2102一方、下りの各停を抜いてきた下り快速がその向こうを、というやたらに忙しい状態。右は少し後に振り返って三宮方向を見たところ。東北と違って神戸は震災を感じさせない復興振りですが、見えないところはいろいろあるんだと想います。ワタシ的には所用で出かけたダンロップというか住友ゴムも神戸工場が壊滅してしまって震災前と後ではいろいろ変わりました。