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時代を切り開いた優等車…153系第4弾です

初春から作ってきた153系シリーズも大詰めを迎え、優等車の一群が登場です。どれも「急行形電車初」の冠詞がつく形式ですが、考えてみると153系の前に急行形電車ってありませんねぇ。ともあれ時代を切り開いた車輌たち。予約はまとめてになってしまいましたが、発売はバラバラになりそうです。それにしてもサハシで寿司、食いたかったなぁ🤔

■サロ153
準急用のサロ95として登場した回転クロスシートの並ロです。3等級時代の1958(昭和33)年に青帯を巻いて登場。急行用としてサロ152が登場した後も製造が続き、1962(昭和37)年までに63輌(うちステンレス2輌)が製造されました。当時の並ロ需要の大きさを窺わせますね。台車は1~37がTR59、38〜59がTR59Aです。伊豆箱根線乗り入れの短編成用にCPとMGを装備した200番代はサロ153 0改造の13→201(TR59)と202、203の新製2輌(TR59A)で計3輌の小所帯でした。

東海道新幹線開通後は優等列車の1等車はリクライニングシート化が進められたことから、サロ153はヨンサントオまでにサロ110に改造されて形式消滅しています。ただしサロ110としては後に1000番代に改造された車輌もあり、サロ153改サロ110が全廃されたのはJR化後の1992年と、他の153系車輌より長生きでした。振り返られる機会が少ない車輌ですが、ユニットの狭窓がカッコいいですよね。

■サロ153 Aタイプ(TR59) Bタイプ(TR59A)

2人用回転クロス1脚ごとに窓を持つため、小窓のユニット窓がずらりと並んだ独特の外観を持つサロ153。TR59装備のAタイプとTR59A装備のBタイプを発売します。他の153系と関連性のない専用車体のために価格は高くなってしまい、どちらのタイプも65,000円+税となります。200番代はご要望があれば製作しますのでお問い合わせください。

■サロ152
準急用だった153系を急行用とするために1961〜1962(昭和36〜37)年に30輌のサロ152が製造されました。最初の急行電車用特ロにして決定版のパッケージングを持ち、その後に作られた急行用サロはすべて亜流でした。製造年が新しく台車はTR59Aのみです。

新幹線開業前にサロ152が配属されたのは宮原だけでした。一族630輌のうち300輌近くが所属した電車区の面目躍如ですが、その宮原の急行編成は中央にサロ152を2輌向き合わせで連結し、両脇をサハシで固めていました。新幹線開業後は田町、大垣にも転じ、伊豆方面ではサロ153 200の置き換えに1967年に3輌がMGとCP取付改造を行い200番代(後に100番代に)が誕生しています。

昭和40年代前半に直流急行の1等車はサロ165で統一する方針が打ち出されたことからヨンサントオまでに半数の15輌がサロ112に改造され、さらに1969年にも3輌がサロ112に改造。残った12輌はすべて冷改済みでしたが、1975年までにサロ112に改造されました。私の中では143Mと伊豆方面の急行の印象ですが、東海道全盛時代を見られた当店のお客様もいらっしゃって、思い出話は羨ましい限りです。独特のバイザーはインジェクションパーツを製作しました。

■サロ152 Aタイプ

153がもっとも輝いていた原形時代の形態。簡易運転台側は両栓で、向かい合わせに連結される急行編成の中核でした。ヨンサントオで東京—大阪急行の廃止によって急行編成は消滅して大垣、田町などへ転出が始まります。また冷房化工事の選に漏れたサロ152はサロ112へ改造されました。価格は68,000円+税となります。

■サロ152Bタイプ

急行用サロのトップを切って152 1が1964年4月に冷房化。6月には152 13が冷房化されて新幹線開業直前の東海道を走りました。1967年からは本格的な改造が始まり、サロ112への改造が一段落した時点で残った12輌のサロ152は全車冷房化されていました。AU12と千鳥配置のベンチレーターが目立ちますが、床下にもMGが追加されています。価格は70,000円+税となります。

■サロ153Cタイプ(200番代)

1966(昭和41)年に伊豆箱根線乗り入れの短編成用にCPとMGを追加装備して201〜203が誕生。翌年冷房化でMGを強化。1969(昭和44)年にサロ152は全車冷房化され、すべての車輌にMGがあるためMG付番代は不要となり、200番代から100番代に改番。MGとCP付ながら未改番だった152 30を加えた101〜104となりました。一部の車輌は専務車掌室に水切りがつき、窓開閉用のツマミが装備されています。Cタイプ200番代はご希望があれば製作しますので、お問い合わせください。

■サハシ153
食いねぇ食いねぇ寿司食いねぇ(^.^) 最初の急行用半室ビュッフェとして「すしコーナー」が名物だったサハシ153は1961〜1962(昭和36〜37)年にサロ152と同数の30輌を製造。最初のサハシということで色々と詰め込み、続くサハシ451以降の標準的な車体に比べ、ビュッフェ部分の窓が1枚多いことが特徴です。1964年から電子レンジの取り付けが始まりましたが、妻板の排気口の有り無しで電子レンジ装備/未装備を見分けられます。台車はTR59Aのみです。
新幹線開通後は余剰車の5輌がサハシ165 50、10輌がサハシ169に改造。これら15輌は車販準備室などの設置で窓割りが変わっているため母体のサハシ153とは簡単に見分けがつきます。そして事業車に改造された2輌を除く13輌は山陽新幹線全線開業まで山陽急行に1輌連結で使用されています。ハ座部分が冷房化されたのはビュッフェ営業廃止後というのが153系急行運用の末期を象徴していますね。製品は原型でビュッフェ部分は新製時からのAU12冷房、ハ座部分は冷房改造前の形態で、価格は73,000円となります。ハ座部分をAU13で冷房改造した末期の形態をご希望の方は部品を用意しますのでお問い合わせください。

サロ153、サロ152、サハシ153は注文生産のため、ご希望の方は7月8日(月)までにこちらを御一読の上、Eメールでお申し込みください。予約はまとめて受け付けていますが、製造の都合上、発売は各車種で前後することもあります。というか、前後しますね、これは。まだクハ153も発売できてないだけに…(汗) 

サハ153は…17タイプになってしまいました😂

鉄道雑誌より詳しくなれるとご好評のFAB新製品のご案内(^^ゞ 153系第三弾はサハ153です。たまにご質問がありますが、当店製品は1/87 G=12mmですのでお間違いなく😉

1958(昭和33)年登場時はサハ97の形式名だったサハ153ですが、その後の移り変わりが複雑です…サハ97として製造され、新性能電車の新車輌称号規定でサハ153 0番代となったとなったオリジナル車は製造当初からCPを装備していたために二度目の改番で100番代となりました。
そしてCPもMGなどの補器を持たないのが1960(昭和35)年5月に登場の二代目0番代。同時に登場した200番代は製造当初からMGとCPを搭載しています。
全番代が出揃った時点では補器無し=0番代、CP付き=100番代(旧サハ97→初代サハ153 0番→サハ153 100番代)、CPとMG付き=200番代と整理されることになりました。
ところが冷房化改造の際に0番代や100番代にもMGを追加搭載した車輌が現れて番代分けが怪しくなってしまうことに。お陰で模型化でもクハ165の28タイプに及びませんが、17タイプを用意することになりました(^^ゞ ただし、車種が多すぎるため、基本車種は絞って、それ以外の車種はご要望に応じて製作いたします。

東海道、山陽筋から電化後の中央西線などではサハ153が重宝され、165系に混じってサハだけ153という組成も存在しましたね。覚えている方も多いのでは? 私は「富士川」のイメージが強いですが、西線の「きそ」とか、いろいろな路線で活躍したことが記録されています。

■サハ153 0番代 Aタイプ(1〜7)Bタイプ(8〜11)

サハ153 0番代。ただし二代目の0番代でMGもCPもない、さっぱりしたサハらしい車輌で、編成略記号はT 。田町や大垣にもいましたが、東海道西部や山陽のサロ1輌の編成に組み込むために最初は宮原に投入されました。今回のAタイプとなる1〜7は昭和34年度第二次債務で台車がTR59。Bタイプは昭和36年度本予算車の8〜11でTR59Aを履き、いずれもCP、MGなし。図はTR59AのBタイプを示します。

■サハ153 100番代 Cタイプ(101〜111)

101〜106は1958年(昭和33)年にサハ97 1〜6として製造された153系最初のサハ。最初からCP付きで製造され、編成略記号はT’。新性能電車の形式名変更でサハ97 1〜6→サハ153 1〜6へ。さらにCP無しの0番代登場によって100番代に改番され101〜106となりました。1959(昭和34)年6月登場車はサハ153 7〜10として製造された後にサハ153 107〜110に改番。同年8月の111は登場前に番代区分けが変更されたために出場時から111でした。台車はTR59。サハ153Cタイプとなります。

■サハ153 100番代 Dタイプ(112) Eタイプ(113〜116)
CP付きの100番代でも1960(昭和35)年から製造された112以降の後期車は前期車に比べて床下機器配置が大幅に変更されました。Dタイプは昭和34年度第二次債務のTR59を履く112が該当します。この車輌は冷房化されないまま153系終焉の1982年まで生き残りました。昭和36年度本予算以降の113〜はTR59AでEタイプになります。図はTR59AのEタイプです。*DタイプとEタイプはご注文によって製造いたします。ご希望の方はお知らせ下さい。

■サハ153 200番代 Fタイプ(201〜215) Gタイプ(216〜221)
「伊吹」「比叡」の6M4T→4M6T化用や伊豆準急での運用を考慮してを製造されたMGとCP両方を持つ重装備のサハが200番代で、編成略記号はT”。増備で輌数を増やした結果、200番代は0番代、100番代より多いサハ153のマジョリティでした。輌数的にT<T'<T”というのは貫通長編成の多い153系らしいですね。が昭和34年度第二次債務の201〜215はTR59を履くFタイプ。昭和36年度本予算以降の216〜221はTR59AでGタイプとなります。

■サハ153 0番代冷改車 Hタイプ(1,6) Iタイプ(8,9)
165系に続いて1970(昭和45)年に冷房化改造が始まった153系ですが、0番代は全車が冷房化されています。このうちMGが追加されないまま冷房化されたTR59装備の1と6がHタイプ、図のTR59A装備車は8と9でIタイプとなります。

■サハ153 0番代冷改車MG付き  Jタイプ(2〜4,5,7) Kタイプ(10,11)
153冷房化改造の際の電源はクハ153に搭載するのが基本でしたが、クハの電源だけでは不足する貫通長編成のために本来はMGを持たない0番代にも冷房用電源のMGを搭載した車輌が登場しました。MGと付属機器のために水タンクをはじめ床下機器の配置は大きく変わりました。図はMG側を示しています。TR59がJタイプ、TR59AがKタイプになります。*JタイプとKタイプはご注文によって製造いたします。ご希望の方はお知らせ下さい。

■サハ153 100番代冷改車 Lタイプ(101,106〜109)
オリジナルサハ97としてCPを持つ100番代前期車は1970年代になると3輌を除き冷房化されました。モハ91系として153系最初の配置区だった大垣を中心に中部地区に集中配置され、東海道の「比叡」や165系と組成された中央西線や身延線の急行でお馴染みの存在でした。初期製造のため台車はTR59のみ。Lタイプとなります。

■サハ153 100番代冷改車MG付き  Mタイプ(105,110,111)
オリジナルサハ97だった100番代の冷房化改造の際に冷房用電源のMGを搭載した車輌です。MGと付属機器搭載のために水タンクを始め床下機器の配置が大きく変更されています。台車はTR59。Mタイプとなります。図はMG側を示します。もともとCPを持つだけにMGを装備となれば200番代になるはずですが、最後まで改番されないままでした。*Mタイプはご注文によって製造いたします。ご希望の方はお知らせ下さい。

■サハ153 100番代冷改車 Nタイプ(113,114,116)

サハ153 100番代後期製造の冷改車。床下機器配置が前期車と異なる後期製造の100番代ではTR59Aの3輌だけが冷房改造されています。前期車同様に後期車の100番代も末期は中部地域に集中配置されていました。*Nタイプはご注文によって製造いたします。ご希望の方はお知らせ下さい。

■サハ153 100番代冷改車MG付き Oタイプ(115)
後期製造サハ153を冷房改造する際に大型MGを装備したタイプで115だけが該当します。末期は神領配置の中央西線用で165系との組成されていました。図はMG側を示し、台車はTR59Aになります。この車輌もMGとCP装備となりましたが、200番代への改番は行われませんでした。*Oタイプはご注文によって製造いたします。ご希望の方はお知らせ下さい。

■サハ153 200番代冷改車 Pタイプ(201〜204、206〜215) Qタイプ(216〜221)
最初からMGとCPを装備していた200番代は205を除いて冷房化されました。もともと5kVAのMG を装備する200番代ですが、冷房化電源用の110kVAのMGに換装された車輌は存在しませんでした。冷房化後の0番代、100番代が東海道西部に集中したのに対し、200番代冷改車は田町が最多輌数で大垣、神領にも配置されていました。TR59装備がPタイプ、TR59A装備がQタイプとなります。



サハ153は注文生産になります。表の淡緑地が基本車種となり価格はタイプを問わず原型車52,000円+税、冷改車54,500円+税となります。予約を希望される方は6月16日(日)までにEメールでお申し込みください。白地はご注文によって製造する車種ですが、製造数によって価格が変わります。ご希望の方は6月10日以前にEメールでご相談いただければと思います。各タイプとも発売は7月〜8月を予定しています。









クハ153低窓と高窓500番代の予約受付開始です

 153系第2弾はMM’ユニットに続きクハ153原型と冷房改造車を製作します。クハ96として登場した低窓車(便宜上クハ153 0番代と呼ばせてください)は従前の国鉄電車の概念を覆すパノラミックウィンドウに貫通扉を組み合わせた造形を持ち、昭和33年10月から80輌を製造。その後は運転台位置を上げた500番代へと移行しました。500番代の高窓はその後の165系や交直流急行電車、さらに近郊形電車にまで広まり、国鉄の代表的な「顔」となりました。

 デザイナーが自由にデザインした感のある低窓と、世間のしがらみを感じさせられる高窓の対比は面白いものです。クハ153は0番代、500番代ともに貫通扉下部に後退角がつき、幌座が車体に埋め込まれた独特の形状で、他の急行用電車と異なる印象を持ちます。幌当のアルミ板がアクセントなのも153だけの特徴でした(後に塗装されてしまった車輌は残念!)。

■クハ153 0 Aタイプ(1〜64):クハ153 0はロストワックスで前面を製作しました。埋め込まれた幌座も一体構造です。台車はクハ153 0では多数派となったボルスターアンカーの揺枕側取付部にカバーのないTR59。実車同様にベンチレーテッドディスクも模型化した上、キャリパーブラケットのシルエットも表現しました。原型車は両栓構造で奇偶数どちら向きにも組成できます。価格は68,000円+税になります。


■クハ153 0 Bタイプ(65〜80):ボルスターアンカー取付部に三角形のカバーを持つTR59Aとなった昭和35年本予算車以降のタイプ。このタイプは準急用にとどまらず急行での運用が始まるために増備されましたが、500番代への切り替えを前に半年間だけの製造だったため、クハ153 0では少数派です。Aタイプ同様に両栓構造で奇偶数どちら向きにも組成できます。価格は68,000円+税になります。


■クハ153 0 Cタイプ(1〜64):前期製造車のTR59装着車を冷房改造。その際に大型MG搭載のために水タンクを移動するなど大きな変化を遂げました。冷房用引き通し線が増えたために原型の両栓から電気ツナギが片栓となり、奇数番号車は奇数向き、偶数番号車は偶数向きに固定されました。ご注文の際に奇数、偶数をご指定ください。価格は70,000円+税になります


■クハ153 0 Dタイプ(65〜80):後期製造車を冷房改造したタイプ。前期車同様大型MG搭載のために水タンクを移動し、片栓化されたために向きが固定されました。ご注文の際に奇数、偶数をご指定ください。価格は70,000円+税になります

■クハ153 500 Aタイプ:初の高運転台として昭和35年に登場した500番代。黎明期の高運転台だけに401系初期車とともに、その後の111系以降とは異なる形状を持ちます。特徴的なのは高窓ながら0番代同様に埋め込まれた幌座と下部に後退角がついた貫通扉。台車はTR59A。0番代の陰に隠れがちな印象ですが、80輌の0番代に対し、500番代は57輌と、実はそれなりの大所帯。前面はプレス製です。価格は65,000円+税になります。

■クハ153 500 Bタイプ:0番代同様に大型MG搭載で水タンクを移設し、奇数向き、偶数向きが固定された500番代冷房改造車。0番代の陰に隠れがちな500番代ですが、新快速のクハでは最大勢力を誇り、末期の東京口や千葉方面の急行ではお馴染みの存在でした。価格は67,000円+税です。ご注文の際に奇数、偶数をご指定ください。

■クハ164 Aタイプ:山陽本線で165系と編成を組んでいたクハ153に制御器や制御回路の変更を行い165系に編入したもの。若番を改造したため、種車はすべてTR59装備車でした。制御用ジャンパ連結器がクハ153と異なるのが特徴です。改造当初は両栓。8輌が改造によって生まれたクハ164ですが、新幹線の延伸に伴い下関から東海道へと転じ、1〜4の4輌は冷房化されずに原型の形態のまま最後を迎えました。価格は68,000円+税となります。

■クハ164 Bタイプ:山陽本線から宮原に転じたクハ164 5〜8は昭和47年に冷房改造され、5、7が奇数向き、6、8が偶数向きとされました。その後神領、大垣と転じ、飯田線や東京に顔を出す運用についたのはご存じの通りです。ご注文の際に奇数、偶数をご指定ください。価格は70,000円+税になります











 クハ153およびクハ164キットは車輪、動力装置、カプラー、ビスなどは別購入となります。ご希望の方はコチラを御一読の上、5月14日(火)までにEメールでご予約ください。

コキ/コキフ10000インレタです












 昨年発売したコキ10000/コキフ10000キットの車体用インレタができました。所属は汐留、隅田川、梅田。これ1枚で3輌分〜4輌分になります。フル編成だと7~8枚必要?😨 価格は2,500円+税です。ご希望の方はメールでお知らせ下さい。店頭にももちろん在庫していますよ〜。

ワキ5000丸屋根車キット。各タイプ作れます😳

「鳶色」の巨体が遠目にも目立つワキ5000。パレットによる大量輸送に対応した国鉄貨物全盛時代の象徴です。今回の模型化は昭和40(1960)年から昭和42(1967)年にかけて製造された丸屋根を持つタイプ(5000~5414の415輌)。台車は登場時の両抱ブレーキを持つTR63Bです(5185〜5264のTR63Dは軸箱守が少し異なります)。第1ロット(5000 ~ 5099)と、第2ロット以降(5100〜)は製造時の形態では留置ブレーキ(第1ロット片側/第2ロット以降両側)、縦樋(第1ロット無/第2ロット以降片側縦樋)、手摺やステップ、魚腹内側の縦補強梁などが異なっています。第1ロットに標準化工事が施されて第2ロット以降並みの装備となった後年はほぼ同じ外観と言われていますが、実は変わらなかった違いもあります。
■ワキ5000第2ロット以降。この形態、もしくは後年に台車が両抱きブレーキから片押しブレーキに改造された形態が、我々が見慣れた丸屋根のワキ50000ですね。

 ワキ5000ばかりを連ねた急行貨物や一般貨物に1輌、2輌が紛れ込んでいるものまで…全国区の貨車だけに牽引機はEH10やEF60に始まり旧型電機、交流機、DD51やDE10、蒸機ではキューロクやD51、ときにはC11。そして北海道のD52もありました。看板列車は西行きだと「西たから」ですね。そしてワキ5000蒸機牽引の華は松本さんが撮影・紹介された「きたたから」です。
■ワキ5000第1ロット登場時: 足踏みの留置ブレーキは4位のみ。ブレーキ緊解表示装置もありません。留置ブレーキのない1位は扉の取っ手もワキ10000同様のものです。そして第2ロット以降との最大の違いは扉下側にあるレールの車端側の長さです。

 東北本線電化前の北海道航送貨物列車。伝統の「ほっかい」が昭和40年10月改正以降D51三重連で奥中山を越えたのに対し、同改正で登場の「きたたから」はワキ5000とコキ5500というボギー車のみで組成され、本務機はC60やC61のハドソンにD51重連補機という三重連でした。この列車に投入されたワキ5000こそが第一ロットで留置ブレーキが片側だけ…「とれいん」161号の松本さんが撮影された写真は必見です…第2ロットが投入された頃には本務がDD51重連に替わっているだけに、やはり第1ロットの登場時は作らねばなりません(*C60を作ってしまった個人の事情です)。
 一方、松本さんが「鉄道ジャーナル」に添乗記(蒸気機関車EXに加筆再録)を残された「第二きたたから」は第2ロット以降のワキ5000が大量に入り、最後のD51三重連で名を馳せました…となると第2ロットも欲しいですね…なんとも悩ましい。
 ワキ5000の第1ロットは側扉下側レールがほぼ妻板に達するものですが、第2ロット以降は扉の車輪を端面から車体中央寄りに移動してレールを短縮しています。この差はけっこう目立ちます…さぁどうする?……とうぜん両方作れるようにします(^^;)


 妻にも変化がありました。第1ロット登場当初は留置ブレーキが片側だけのため、1-2位側にはステップがなく、手掛けも左右同じものです。第2ロット以降は縦樋がついたことになっていますが、第2ロット1号車のワキ5100の竣工写真では両側に留置ブレーキを持ちながら縦樋はありません。銘板が連結器を挟んで両側にあるので、縦樋の装備は意識していない感じがします。
 縦樋が新製時から装備されたのは第2ロット途中か第3ロットからではないでしょうか。銘板が縦樋を避ける形で片側に2個配されている車輌は最初から縦樋を装備していたのだと思います。第1ロット登場時と異なり、第2ロット以降の図では左右にある標識灯掛けですが、新製時は第1ロット登場時と同じ左側だけで、右側はヨンサントオくらいからの保安度向上工事の際に追加されたものです

 意外にもバリエーションの多いワキ5000丸屋根車ですが、キットはいろいろ作れるように考えました。
1) 第1ロット登場時: 扉レール長/1位留置ブレーキ、手摺、ステップなし/標識灯掛1カ所
2) 第1ロット標準化改造後: 1)を両側留置ブレーキとし、縦樋を追加。標識灯掛を2カ所にしたもの
3) 第2ロット登場時: 扉レール短/1位4位に留置ブレーキ、手摺、ステップ/標識灯掛1カ所/銘板両側
4) 第2ロット改造後: 3)に縦樋を追加工事したもの
5) 第3ロット(第2ロット途中?)〜登場時: 扉レール短/1位4位に留置ブレーキ、手摺、ステップ/標識灯掛1カ所/銘板片側/縦樋
6) 第3ロット(第2ロット途中?)〜改造後: 5)に標識灯掛を2カ所としたもの。
ざっと考えて、これだけありますが、まだ他にもありそうですねぇ。

コキ5000丸屋根車キットの価格は
単品: 41,000円+税
2輌組; 79,000円+税
10輌組: 375,000円+税
となります。ハイブリッド構造の車体から床下機器、台車まで含まれますが、カプラーとビス、真鍮線など入手が容易なものは含まれておりません。注文生産となりますので、ご希望の方は3月19日までにコチラを御一読の上、Eメールでお申し込みください。発売は5月〜6月を予定しています。

セキ3000/6000…予約完売しました🙇🙇

もともと製作できる輌数が少なかったのですが、セキ3000キットは予約完売となりました。ご予約、ありがとうございました🙇 

 
FABボギー石炭車シリーズ(?)もいよいよ感無量の最終回。すでにブラス、プラの1/87製品が存在するのに出すのかよ〜と普通は思いますよね。私もそう思いましたが、一方で一連の当店石炭車と同じグレードの交流電化対応改造前のセキ3000が欲しいという声もあり、製作することにしました。

 セキ3000は昭和26(1951)年から昭和40(1965)年にかけて2,730輌が製造されたボギー石炭車の決定版です。全溶接車体を持ち、戦前のボギー石炭車の特徴だった妻板の三角穴が塞がれた他、台車もアーチバーからベッテンドルフのTR41となり、時代の変化を感じさせます。最初の200輌は側開戸下端の補強にZ形断面の鋼材を使用。以降の2,530輌が通常のアングルですが、今回は両方のタイプを模型化しています。

 ここまで作り続けた石炭車の製造年が古いだけに新しく感じるセキ3000ですが、青山さんや杉さんが創られた「鉄道賛歌」では早くに廃止になった上芦別や茅沼炭鉱にも登場します。考えてみれば昭和20年代半ばに登場しているので、上芦別や茅沼といえども路線廃止はセキ3000の製造開始から10年以上あと…そりゃ古典機末期には大量に走ってますよね…。北海道はもとより北陸、中国、九州の石炭や石灰輸送等にも使用され、かの布原のD51三重連に牽かれたのもセキ3000/セキ6000です。
■セキ3000初期車:最初の200輌は開戸下の補強がアングルではなくZ断面の鋼材ですが、組立図ではアングルとの差が分かりにくいなぁ。模型を見るとけっこう目立つんですが。また側板上部補強アングル端がセキ1000同様直線状になっているのが初期車の特徴です(除:汽車製)。キットはどちらも製作できます。初期車の中からもセキ6000に改造された車輌もあればホキ2100の種車にもなった車輌もいます。
 
 セキ6000はセキ3000のスプリングレートを変更して空積ともに65km/hを許容するもの(セキ3000は空65km/h、積55km/h)で、模型的には外観は同じです。昭和44年(1969)からの石炭車55km/h制限実施の前から改造が始まり、最終的にセキ3000の半数以上の1,509輌が改造されました。本州、九州はもとより北海道の根室本線以北はセキ6000となり、セキ3000が残ったのは北海道の夕張線、室蘭本線ですね。製品はハンドル位置が炭箱上にある原型で、北海道、九州は昭和40年代前半までのセキ3000が該当しますが、直流電化の中国地方ではヨンサントオ以降どころかセキ6000に改造後でも、黄帯を巻いてハンドル位置が原型のままでした。
■セキ3000量産車:誰もが見たことのある石炭車といえばコレですね。従前の石炭車と異なり、側板上部の補強アングル端は斜めにカットされています。

 キットはビス、真鍮線なども含まれておらず、台車はModels Imon製TR41を別購入になります。価格は初期車2輌セットが41,000円+税、量産車2輌セットが40,000円+税になります。ご希望の方はコチラを御一読の上、3月17日(日)までにEメールでお申し込みください。ただし、製造数に限りがあるため、締切日以前に予約受付を打ち切る可能性があります。その節はご容赦ください。発売は4月を予定しています。